紫式部が著した日本最古の長編文学「源氏物語」。植物園の中で見ることのできる植物の中で、源氏物語にでてくる植物を抜き出し、現地に源氏物語の原文を記した樹名札を設置しています。こちらのページでは、樹名札に記した紫式部が思い描いた感情や情景を植物と重ねた詠などと、その解説を紹介しています。現代では感じることが出来ない紫式部の感性豊かな表現をお楽しみください。
植物そのものの案内は、植物図鑑へのリンクからご覧ください。
解説出典:宇治市植物公園
あ行
- 植物名
- あかまつ
- 科名
- まつ科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《をりのいみじう忍びがたければ、人離れたる方にうちとけてすこし弾くに、松風はしたなく響きあひたり。》松風
- 解説
- 明石の君は明石を離れて上京してきたものの、源氏がなかなか訪ねて来ません。寂しさが心にしみて堪えかねて、昔源氏が形見においていった琴をかき鳴らしました。人けのない所にくつろいで少し弾いてみると、松風がきまりわるいほどに調子を合わせ音をひびかせています。
- 植物名
- あし
- 科名
- いね科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《垣のさまよりはじめてめづらかに見たまふ。茅屋ども、葦ふける廊めく屋など、をかしうしつらひなしたり。》須磨
- 解説
- 光源氏は朧月夜の密会が世間に知れ、自ら須磨へ退去し隠居生活を送ることになりました。須磨での住まいは海岸から少し入り込んで侘しい山の中にあり、垣根の様子や、茅葺の建物、葦吹きの回廊のような建物など趣のある屋敷を見て、このような時でなければ、昔にお忍び歩きを楽しんだ時を思い出し、もっと楽しいおもいになるのに、と思われました。
- 植物名
- うめ
- 科名
- ばら科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《(薫)*袖ふれし梅はかはらぬにほひにて根ごめうつろふ宿やことなる*》早蕨
- 解説
- 中の君が匂宮によって京へ迎えられる前日、薫は宇治をたずねました。庭の紅梅がみごとに咲いています。薫はこらえきれない涙をさりげなく拭い隠して、言葉数も少なく帰りました。*かつて私が袖を触れたことのあるこの梅は、今も変わらぬ美しさに匂っていますのに、それが根ごと移って行く先は私の宿ではないのですね*
- 植物名
- おにぐるみ
- 科名
- くるみ科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《心恥づかしきさまなめるも、なかなかかかるものの隈にぞ思ひの外なることも籠るべかめると、心づかひしたまひて、高麗の胡桃色の紙に、えならずひきつくろひて、》明石
- 解説
- 須磨で謹慎の身である光源氏は、不思議な縁で明石の入道という人物と出会います。明石の入道は、自分の子孫から帝と皇后になるという壮大な夢を見たことから、この機会を逃すまいと娘・明石の君と光源氏を引き合わせようとあれこれ算段します。光源氏は明石の入道の熱意におされ、娘・明石の君と文をかわすようになりました。明石の入道の手引きもあり、いよいよ明石の君の元へ通うことになり、光源氏もこのような人目につかない田舎でも想像以上の美人がいるかもしれないと思い、高麗産の胡桃色をした上質な紙で手紙を出されたのでした。
- 植物名
- おみなえし
- 科名
- すいかずら科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《(中将)*あだし野の風になびくなをみなえしわれしめ結はん道とほくとも*》手習
- 解説
- 浮舟が宇治院の裏手で意識もなく泣いているところを助けられて、小野の僧庵で過ごしている時のことです。中将は浮舟をかいま見て心を動かされ、庭前の女郎花に浮舟をたとえて歌を詠みました。
*ほかの男の人の言うままにならないでください。たとえ京からの道は遠くても、あなたははっきりとわたしのものとしておきたいのです*
か行
- 植物名
- かしわ
- 科名
- ぶな科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《雨のうち降りたるなごりの、いとものしめやかなる夕つ方、御前の若楓、柏木などの青やかに茂りあひたるが、》胡蝶
- 解説
- 一雨降ったあとのまことにしんみりとした夕方、お庭前の若楓や柏木などの青々と茂り合っているのが、みずみずしい玉鬘の魅力をひとしお源氏にかきたて、いつものようにこっそりと玉鬘のもとを訪れました。
- 植物名
- かつら
- 科名
- かつら科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《(帝)*月のすむ川のをちなる里なればかつらのかげはのどけかるらむ》松風
- 解説
- 冷泉院は、光源氏が桂の院にいることを知り、歌を贈りました。
*月が住む-澄んでいるという川の向こうにある里だから、月の光はのどかで、あなたも落ち着いていられることでしょう* 「月のすむ川」とは桂川のことです。
- 植物名
- ききょう
- 科名
- ききょう科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《これもいと心細き住まひのつれづれなれど、住みつきたる人々は、ものきよげにをかしうしなして、垣ほに植ゑたる撫子もおもしろく、女郎花 桔梗など咲きはじめたるに、》手習
- 解説
- 宇治から失踪して意識を失っていた浮舟は、横川僧都に助けられて小野の尼君の住居にいました。この庵室も宇治の山荘と同じように心細い寂しい住まいではあるけれど、住み馴れている人々はこざっぱりとしていて、秋のはじめ、門先の植込みには風流に桔梗が咲きかけています。
- 植物名
- くず
- 科名
- まめ科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《山風にたへぬ木々の梢も、峰の葛葉も心あわただしうあらそひ散る紛れに、尊き読経の声かすかに、》夕霧
- 解説
- 夕霧は亡き親友・柏木の妻であった落葉の宮への気持ちが抑えられず、小野山荘を訪れます。山風に耐えきれない木々の梢の葉の音や、峯の葛の葉が先を争うように散っていく様、尊い読経の声がかすかに聞こえてくるばかりで人の気配がなく、寂しい山荘の様子を表しています。
- 植物名
- くちなし
- 科名
- あかね科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《空蝉の尼君に、青鈍の織物、いと心ばせあるを見つけたまひて、御料にある梔子の御衣、聴し色なる添へたまひて、》玉鬘
- 解説
- 光源氏は歳末の衣配り(お正月に親しい人に晴着を贈る習わし)にと、あれこれ織物などを吟味しており、空蝉の尼君のために、青鈍色の織物をとても上手に選び、御料にある梔子色の御衣に聴し色を添え、同じ元日にお召しになるようにとお手紙をもれなくお回しになる。似合っているのを見ようというお心なのでした。※ふんわり甘い香りがする梔子(クチナシ)は、古くから衣服や食べ物の染料として用いてきました。十二単にも使われ、梔子色と呼ばれています。
- 植物名
- くぬぎ
- 科名
- ぶな科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《見どころなくはあらせじとて、かの御賀の日は、赤き白橡に、葡萄染の下襲をきるべし、》若菜下
- 解説
- 御賀の当日と試楽(舞楽の予行演習)では衣装を変えるのが習わしである。当日は赤い白橡(櫨で黄色く下染めし、うすく茜の赤を重ねた赤みの淡い橙色)に葡萄染の下襲を着る予定だが、今日は試楽とはいえご婦人方が見物されるので見劣りしないようにと青色に蘇芳襲の下襲を着させました。※白橡(しろつるばみ)とは、橡(くぬぎ)で染めた白茶色に近い色のことです。
- 植物名
- くり
- 科名
- ぶな科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《青鈍の細長一襲、落栗とかや、何とかや、昔の人のめでたうしける袷の袴一具、紫のしらきり見ゆる霰地の御小袿と、よき衣筥に入れて、包いとうるはしうて、たてまつれたまへり。》行幸
- 解説
- 養父・光源氏が尽力をつくし、玉鬘の裳着の儀を執り行う事になりました。すばらしい贈り物の品々が届けられる中、花散里などは出過ぎないように過ごしているのに対し、末摘花は妙に几帳面で古風な方なので、形式通りに贈り物をなさるのでした。ただ、その品がなんとも昔風の喪服や尼僧が使う青鈍色や落栗色の衣装を贈り、光源氏をあきれさせたのでした。※落栗色とは、字の通り落ちたばかりの栗の、若々しく赤みがかった色です。
- 植物名
- こうしんばら
- 科名
- ばら科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《階の底の薔薇けしきばかり咲きて、春秋の花盛りよりもしめやかにをかしきほどなるに、うちとけ遊びたまふ。》賢木
- 解説
- 夏の初めのころです。父・桐壷帝が亡くなり、政敵・右大臣の時代が面白くない光源氏と頭中将。「韻ふたぎ」のゲームに負けた頭中将が源氏を招待してまけわざ(負けた方が勝ったほうを招いてもてなす)をしました。その宴席でふと階段下に咲いた薔薇を見つけ、頭中将は光源氏と薔薇を重ね合わせ和歌を詠むなど、楽しい時間を過ごしていたようです。※平安時代では薔薇を「そうび」と呼び、遣隋使や遣唐使の手により日本にもたらせられました。
- 植物名
- こなら
- 科名
- ぶな科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《冬のはじめの朝霜むすぶべき菊の籬、我は顔なる柞原、をさをさ名も知らぬ深山木どもの木深きなどを移し植ゑたり。》少女
- 解説
- 源氏の大臣は、六条京極のあたりに新邸をお造りになりました。その一角は雪景色を観賞するのに都合よく造ってあり、季節にあって得意顔に紅葉している柞の原などが植えてあります。
- 植物名
- このてがしわ
- 科名
- ひのき科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《柏木と楓との、ものよりけに若やかなる色して枝さしかはしたるを、》柏木
- 解説
- 夕霧は亡き親友・柏木の妻である落ち葉宮が住んでいる一条宮を訪れます。この日も思慕の念を抱く彼女を尋ねるが会わせてもらえません。女房達が御簾の外、簀子で間をつないでいる時に、夕霧がふと目の前の枝に目をやります。柏木と楓とが、他の木々よりも一段と若々しい色をして、枝をさし交わしているのを見て、この枝のように親しくなれればと夕霧と落葉の宮の関係を皮肉って話したのでした。
さ行
- 植物名
- さかき
- 科名
- もっこく科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《榊をいささか折りて持たまへりけるをさし入れて、(源氏)「変らぬ色をしるべにてこそ、斎垣も越えはべりにけれ。さも心うく」と、聞こえたまへば、》賢木
- 解説
- 源氏の愛情に見切りをつけて伊勢下向を決意した六条御息所を、さすがに源氏は名残惜しく、晩秋の日に神域である野宮を訪れました。夕月夜の光の中、光源氏は榊の枝をさし出し、その変わらぬ色に、変わらぬ誠意を託しました。
- 植物名
- さつきつつじ
- 科名
- つつじ科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《御前近き前栽、五葉、紅梅、桜、藤、山吹、岩躑躅などやうの春のもてあそびをわざとは植ゑで、秋の前栽をばむらむらほのかにまぜたり。》少女
- 解説
- 源氏の大臣は、六帖京極のあたりに新邸をお造りになりました。源氏と紫の上がお住まいになる東南の邸は春の趣を主としています。しかし前栽には五葉、紅梅、桜、藤、山吹、岩つつじなど春に観賞する木草だけを特に植えることはしないで、そこに秋の草木の植込みをひとむらずつ、さりげなく混ぜてあります。
- 植物名
- さねかずら
- 科名
- まつぶさ科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 源氏物語の中に「さねかずら」は登場しませんが、物語が描かれている平安時代には非常に縁のある植物です。平安時代の公卿や貴人の男性が、「さねかずら」の茎を水につけてもみだした粘液を髪の毛につけて櫛で整えていたようです。そのことから「ビナンカズラ」(美男葛)と別名がついたようです。
- 解説
- 平安時代の公卿や貴人の男性が、「さねかずら」の茎を水につけてもみだした粘液を髪の毛につけて櫛で整えていたことから、「ビナンカズラ(美男葛)」と別名がついたようです。また、小倉百人一首にも収録されている、三条右大臣の下記の和歌「名にし負はば逢坂山のさねかづら 人に知られで来るよしもがな」にでてくるなど、古くから日本人になじみある植物です。
- 植物名
- しきみ
- 科名
- まつぶさ科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《~あま舟にいかがはおもひおくれけんあかしの浦にいさりせし君~」とあり。濃き青鈍の紙にて、樒にさしたまへる、》若菜下
- 解説
- 若かりしときに朧月夜との密会が世間にしれ、京を離れ隠居生活を送った光源氏。その後京へ戻りますが、朧月夜と再会をし再び朧月夜の元へ通います。だが、朧月夜は長きにわたる光源氏との付き合いにけじめをつけ出家を決意します。その朧月夜が光源氏へ別れの手紙書き、樒(しきみ)に結びつけます。樒は仏教に深く関わりのある常緑小高木。その手紙の様により、仏門に入る朧月夜の清々しい心情を表しています。
- 植物名
- しだれやなぎ
- 科名
- やなぎ科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《川ぞひ柳の起き臥しなびく水影などおろかならずをかしきを、》椎本
- 解説
- 二月二十日ごろ、初瀬詣での帰途、匂宮は宇治の八の宮邸の対岸の山荘に中宿りをしました。見渡すかぎり霞のかかった空に、いろとりどりの桜が見わたされる中、川ぞい柳が風になびいて起き臥しする姿が水に映るようすは、並々ならぬ風情があります。
- 植物名
- しょうぶ
- 科名
- しょうぶ科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《(蛍宮)*今日さへやひく人もなき水隠れに生ふるあやめのねのみなかれん*》蛍
- 解説
- 源氏の放った蛍によって玉鬘の容姿をほのかに見た蛍宮は、いよいよ恋情がつのり、端午の節句に玉鬘と「あやめ」の歌を贈答しました。
*五月五日はあやめを引く日であるのに、その今日でさえわたしは、淋しい水の隈に引く人もなく生えているあやめのように、根のみ流れる(音のみ泣かれる)のでしょうか*
- 植物名
- すぎ
- 科名
- ひのき科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《(源氏)「~、今まで試みきこえつるを、杉ならぬ木立のしるさに、え過ぎでなむ負けきこえにける」》逢生
- 解説
- 光源氏は朧月夜との密会が世間に知れたため、失脚し自ら一時的に須磨で謹慎生活を送りました。寂しく心細い日々を過ごした須磨より京へ戻った光源氏は、若い頃から心を許し大切にしてきた花散里を思い出し久しぶり尋ねます。しかし道中にひどく朽ち果てた屋敷を目にしました。その屋敷はあの末摘花の屋敷であると思い出すのです。木立が茂り森のようになり貧しい生活なのが一目でわかる屋敷を、「古歌にある杉立てる門ではございませんが、松の木立のしるしを見ては通り過ぎることができずお寄りすることになってしまいました」と言い末摘花を訪ねました。 *
- 植物名
- すすき
- 科名
- いね科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《(中の君)*秋はつる野べのけしきもしのすすきほのめく風につけてこそ知れ*》宿木
- 解説
- *秋も終りになる野辺の様子も篠薄にそよめく風でそれと知れるように、私をお飽きになったあなたのお心もほのめくそぶりでわかっているのです*
薫と中の君の仲を疑った匂宮の歌に対して、中の君は、六の君に心の移った匂宮を恨む歌をよみました。「ほのめく」に「穂」をひびかせています。
- 植物名
- せんだん
- 科名
- せんだん科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《薬王品などに、取り分きてのたまへる、牛頭栴檀とかや、おどろおどろしきものの名なれど、》東屋
- 解説
- 幼いころから不憫な人生を過ごしている浮舟。そんな浮舟を光源氏の息子・薫が心を寄せている事を知ります。その薫を、時々姿を拝見する女房たちでさえ、お会いするたびに褒めます。「お経などを読むと、功徳の優れたことの一つとして、香の芳ばしいのを尊いことと仏が説いていらっしゃるのはもっともですね。法華経の薬王品などに特別にお説きの牛頭栴檀(ごずせんだん)というのは、大げさな名前だけれど、あの方が近くで身動きなさると、ただよわせている香で仏が真をお説きになっていると思わずにはいられない。きっと幼い頃から、とても熱心に勤行をなさったからよ」という女房のおしゃべりを母親は微笑ましく聞いているのでした。
た行
- 植物名
- たちばな
- 科名
- みかん科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《(源氏)*橘の香をなつかしみほととぎす花散る里をたづねてぞとふ*》花散里
- 解説
- 光源氏は以前ほんの短い逢瀬を持ったことのある花散里を思い出し、邸を訪れました。先に姉の麗景殿女御と会い、昔の思い出話などをしました。軒端に近い橘のかおりがなつかしく匂ってきて、ほととぎすの鳴く声がします。橘の香は昔の人を思い出すよすがです。
は行
- 植物名
- はす
- 科名
- はす科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《池はいと涼しげにて、蓮の花の咲きわたれるに、葉はいと青やかにて、露きらきらと玉のやうに見えわたるを、》若菜下
- 解説
- 死の縁にたった紫の上。なんとか持ちこたえますが、寝込むことも多くなりました。心配でたまらない光源氏は紫の上の元へかいがいしく通います。二人がいる寝所の前の庭に蓮が涼しげに咲き,蓮の葉の上に露がキラキラと光っていますと声をかけると、珍しく紫の上も起き上がり、二人でその様をご覧になりました。そんな紫の上は自分の命を「蓮の葉の上の露のようにはかない」と言いますが、源氏は「約束しましょう。この世ばかりでなく来世も蓮の葉の上に露のようにいつも一緒にいます。わたしとあなたは」と永遠の愛を誓いました。
- 植物名
- はまおもと
- 科名
- ひがんばな科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《殿の、さやうなる御容貌、御心と見たまうて、浜木綿ばかりの隔てさし隠しつつ、何くれともてなし紛らはしたまふめるも、》少女
- 解説
- 夕霧は養母である花散里の顔を見て、あまり美しくはないな。だが、一方でこのような気立ての優しい人と一緒になりたいなとも思います。父・光源氏は、花散里と相対する時にお顔を直接見ないよう、葉が幾重にも重なった浜木綿のように几帳や屏風などをたて、直接顔を見ないように工夫をして長い関係を続けている。それもまた一つの愛だなと感心するなど、大人顔負けの観察力なのでした。
- 植物名
- ふじ
- 科名
- まめ科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《(薫)*すべらぎのかざしに折ると藤の花およばぬ枝に袖かけてけりうけばりたるぞ、憎きや。*
(帝)*よろづ世をかけてにほはん花なれば今日をあかね色とこそみれ》宿木 - 解説
- 藤花の宴でのこと。薫が庭へおりて御かざしを折って献上なさったときに詠みました。「主上のかざしにさしあげようと思って、藤の花の高い枝に袖をかけたのでございました。(主上の御意にかなうようにと、及びもつかぬ高貴な姫君を妻にいただきました。)」誰はばかるところのない態度が、憎いでは。帝は「いつまでも変わらず匂うべき花であるから、今日も見飽きのしない色と思う」と詠まれます。
- 植物名
- ふじばかま
- 科名
- きく科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《(夕霧)*おなじ野の露にやつるる藤袴あはれはかけよかごとばかりも*》藤袴
- 解説
- 夕霧は、実は玉鬘が姉ではないことを知り、心が静まりませんでした。見事な藤袴の枝を御簾の中にさし入れた夕霧は、その枝を取ろうとする玉鬘の袖をとらえて胸中を訴えました。
*同じ大宮の孫として祖母の死を悼む私に、せめて申し訳ほどにでも、いとおしいとおっしゃってください*
ま行
- 植物名
- まゆみ
- 科名
- にしきぎ科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《けしきことに広ごり伏したる檀の木の下に、打松おどろおどろしからぬほどに置きて、さし退きて点したれば、御前の方は、いと涼しくをかしきほどなる光に、女の御さま見るにかひあり。》篝火
- 解説
- 色とりどりに入り乱れて目ざめるばかりの檀の紅葉は、当時の人々にも愛されていました。檀の木の下の篝火の明かりに映る玉鬘のお姿は、いかにもみごとな美しさです。
- 植物名
- みやぎのはぎ
- 科名
- まめ科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《(桐壺帝)*宮城野の露吹きむすぶ風の音に小萩がもとを思ひこそやれ*》桐壺
- 解説
- 帝の最愛の更衣が世を去り悲嘆にくれて日を送っていた帝は、野分めいた風の吹きはじめるころ、皇子(源氏)のいる更衣の里に手紙をかきました。
*宮中を吹き渡る淋しい風の音に涙が催されるにつけても、若宮の身の上が思いやられます* 宮城野を宮城に、露を涙に、小萩を若宮に擬しています。
や行
- 植物名
- やえやまぶき
- 科名
- ばら科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《八重山吹の咲き乱れたる盛りに露のかかれる夕映えぞ、ふと思ひいでらるる。》野分
- 解説
- 夕霧は、父光源氏と玉鬘が寄り添う姿を見てしまいました。昨日見かけた紫の上にはどことなく及びませんが、見るからに笑みを誘われるような感じは、肩を並べても良さそうにもみえます。紫の上は「樺桜」、玉鬘は「八重山吹」を思い出させる美しさです。
- 植物名
- やぶかんぞう
- 科名
- ワスレグサ科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《(薫)「さて、なかなかみな荒しはて、忘れ草生ほして後なん、~」》宿木
- 解説
- 姉大君の逝去後、宇治の山里を離れて悲しみの日々を送る中の君に、薫中納言はなぐさめの言葉をかけました。「これ以上の悲しみはないと思われたことでも、年月がたつと、その思いがさめる時がくるものだと思いますと、なるほど万事ものには限りがあるものだと思われます。」『忘れ草生ほす』で忘れるの意があります。
- 植物名
- やぶつばき
- 科名
- つばき科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《~、簀子に円座召して、わざとなく、椿餅、梨、柑子やうの物ども、さまざまに、箱の蓋どもにとりまぜつつあるを、若き人々そぼれとり食ふ。》若菜上
- 解説
- 光源氏中年以降の邸宅である、六条院で開かれた蹴鞠の宴で若者に「椿餅」「梨」「みかん」などがふるまわれました。その中の「椿餅」は、椿の葉の間に俵形の道明寺生地 (餡入り) をはさんだもの。しかし当時は甘い小豆餡などはまだなく、甘味は生地に甘葛 (あまづら:つたの汁を煮詰めたもの) をいれる程度で、現在とは違う味だったと考えられます。
- 植物名
- やまざくら
- 科名
- ばら科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《(薫)*桜こそおもひ知らすれ咲きにほふ花ももみぢもつねならぬ世を*》総角
- 解説
- *桜が人に教えてくれます。春の咲き匂う花も秋の紅葉も、すぐ散る無常の世の中であることを*
八の宮の一周忌が過ぎたその初冬、姫君(大君・中の君)が残されている宇治にて、宰相中将らとの会話の中で詠まれた歌です。
- 植物名
- やまぶき
- 科名
- ばら科
- 源氏物語での登場箇所抜粋
- 《(秋好中宮の女房)*風吹けば波の花さへいろ見えてこや名にたてる山ぶきの崎*》胡蝶
- 解説
- 六条院の春の御殿は、三月の末になってもなお春たけなわといった風情で、池の水に影を映している山吹は、岸からこぼれるくらいに真っ盛りです。
*風が吹くと波までが花の咲いたように山吹色を映しているのですから、これがあの有名な山吹の崎(山吹の名所、近江国の歌枕)ということになるのでしょうか*